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『花曇り』 赤井三尋 【読書感想】

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あらすじ

一切の余分を排し背筋をざわつかせるトリックのみを抽出したミステリ。人々の心のありようを鮮やかにつづった物語。緩と急、動と静が織りなす10編による短篇集。『どこかの街の片隅で』改題。 — 本書より引用

読書感想

読むキッカケ

先日、中村文則の最新作「教団X」を読んでいた。

『教団X』 中村文則 【読書感想】

あらすじ 対をなし存在する「2つの集団」。ひとつは「沢渡(さわたり)」という男が教祖として君臨し、都内のマンション一棟に潜むカルト宗教であり、そこには多くの若い男女が集っている。その宗教団体は公安や警察に「教団X」と呼ばれマークされている。もうひとつは、自称アマチュア思索家「松尾正太郎」を教祖とする

私は足首を掴まれ一気に世界の底へと引きずりこまれた。

「殺す気か?私は書に殺されるのか!?」

このままでは二度とこの日常に戻ることができないことを瞬時に悟った私は、書棚に積まれた薄っすらと花咲く表紙の「それ」を手に掴んだ。

この暗い底から日常に戻す一縷の望みを託し、無我夢中で「それ」を開いた。

震える指をどうにか動かし、冒頭「老猿の改心」のページを繰る。

その瞬間、老猿は本能的に、背後にある金庫の中に飛び込み、左右の扉を力一杯に引き戻した。

十秒……二十秒……。何ごとも起こらない。

やがて、カチッと小さな音がした。

聴き慣れた音。シリンダー錠を掛ける音だ。

老猿の全身から、血の気が引いていった。

ーー閉じ込められた。

私は詰んだ。

ダメだ、このままでは本当に終わってしまう。

私は全身を引きずるようにして湯を貯めてある風呂場へと向かった。

湯船に身を沈め、自分を落ち着かせることにすべての神経を注いだ。

いくらかの気持ちのほぐれを感じた私は再び「それ」を読み進めることにした。

むき出しの刃を突きつけられたあとに心を洗う叙情的な物語に包まれ、これが何度か繰り返される。

奇妙な落差に身を任せていると、いつの間にが湯船の湯は冷め、私は最後のページをめくり終えていた。

大げさに書いてしまったが、単純に「教団X」を読み進めるのがしんどくなり、以前読んだ「翳りゆく夏」が気に入って買い求めた本書を先に読むことしたのである。

『翳りゆく夏』 赤井三尋 【読書感想】

あらすじ 大手新聞社「東西新聞」に内定が決まった少女は、二十年前に誘拐事件を起こした犯人の娘だった。『誘拐犯の娘を記者にする大東西の「公正と良識」』二十年間止まっていた時間が、週刊誌のスクープ記事をきっかけに動き出す。今や古い記憶の彼方となった事件の真相をめぐるミステリー作品。文字を追っていくと、一

あらためて感想

先に述べた「翳りゆく夏」は誘拐事件を軸としたミステリ作品であると同時に、事件に携る人たちの人生が濃厚に描かれた作品だった。

本作は、この両面がそれぞれ小編に姿を変え一冊となった短編小説、という印象を受けた。

先に触れた冒頭の「老猿の改心」を含むミステリ作は、動機、トリック、感情など最小限のみを抽出して物語られており、テンポよく読み進めながら背筋をゾワッとする感覚が心地よい。

一方の文学作品と言える三作「クリーン・スタッフの憧憬」「青の告白」そして表題作「花曇り」は、読み終えた今も情景がゆっくりと頭のなかを流れている。

強い春風で散った花のひとひらが、ゆっくりと左右に揺れながら水面に落下し、波紋が広がった瞬間、物語が終わるのだ。

「花曇り」では、主人公の囲碁棋士がもっとも年長の弟子に修行を打ち切ることを告げる場面がある。

十八歳までに入段できないと将来が厳しい棋士としての人生を、切り替えることを促す。

夏という季節は、生と死を強く意識させる。 — 本書より引用

その場面は桜の根元で息絶えた蝉の姿から始まり、碁盤を挟んで静かに差し向かう師弟、弟子の涙、短い言葉と続き、再び蝉の亡骸に目を向け蟻が群れ始める様を描写する。

この場面は著者の人生観と、そこに生きる者への優しい眼差しが象徴されているようでありもっとも強く心に残った。

「きっと私は赤井三尋作品をすべて読むのだろう」と、予感する一冊だった。

著者について

1955年、大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。ニッポン放送に入社後、現在はフジテレビ勤務。2003年『翳りゆく夏』で江戸川乱歩賞を受賞。著書に『2022年の影』『月と詐欺師』がある。 — 本書より引用

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