『絶叫』葉真中顕【読書感想】
初稿:
更新:
- 9 min read -
あらすじ
涙、感動、驚き、どんな言葉も足りない。貧困、ジェンダー、無縁社会、ブラック企業…、見えざる棄民を抉る社会派小説として、保険金殺人のからくり、孤独死の謎…、驚愕のトリックが圧巻の本格ミステリーとして、平凡なひとりの女が、社会の暗部に足を踏み入れ生き抜く、凄まじい人生ドラマとして、すべての読者を満足させる、究極のエンターテインメント! — 本書より引用
読書感想
人生とは斯くもグロテスクなものであったか。 一切の補正なしに人の一生を覗いてみるとそうなのかもしれない。 私の一生だって客観的に見れば印象はそう変わらないのかもしれいない。
鈴木陽子の生い立ちから彼女が見てきたものや感じてきたことなどを細かく彼女に語りかけるように綴られる独特な視点と、彼女と同世代・同姓の刑事による捜査の過程、証人たちの証言が入れ替わるように物語が進んでいく。
鈴木陽子の一生
タイトルがこうであっても違和感はない。
本書の中核を貫き子細に語られる鈴木陽子という女性の一生は、どこにでもいる、あるいは私かもしれないと思えるごく平凡なものである。
ある時点までは。
彼女の一生を追っていくと同時に語られるその時々の社会背景がより共感を深いものにしてくれる。彼女と私はまったくの同世代で育った環境も重なるところが多くどっぷりとハマり込むように読み進めていった。
学生のころ、よくなんとなしに想像していたことがある。
自分を含む何百人という同学年の生徒たちのうち、ほんの数人が経済的な成功者となり、同程度の数人が犯罪者となり、それ以外のほとんどがごく平凡な一生を送るのだろうと。
統計学を詳しく知っていたわけではないけれど、自分が過ごす学校内を世界の縮図に見立ててそんな妄想を浮かべていたのだろう。
鈴木陽子は、わたし同様にほとんどの生徒が送るであろう平凡な一生を過ごす人々に含まれるはずだった。が、大きく外れていく。著しく不幸になる数人の方へと。
その部分はミステリーとしての要素を膨らませていく。
早くに亡くなった弟との会話
鈴木陽子の描写にアクセントを加えるのが弟の会話である。 といっても弟は中学生のころに自殺しており、その会話は幽霊として現れる弟である。
弟の幽霊は、彼女が子どものころに縁日でテキ屋のおじさんに貰った金魚のかたちをとって、彼女の人生の分岐点に突如現れては短い言葉を交わす。 (このテキ屋のおじさんも後の伏線となっている)この二人の会話は、物語に深みを与える重要なポイントだと感じる。
姉さん、人間って存在はね、突き詰めれば、ただの自然現象なんだ。どんなふうに生まれるか、どんなふうに生きるか、どんなふうに死ぬか。全部、雨や雪と同じで、意味も理由もなく降ってくるんだ。僕の自殺もそうさ。どこからか「死にたい」って気持ちが降ってきて、僕は死んだんだよ。 — 本書より引用
これはある時に弟の幽霊が鈴木陽子に語った内容の一部である。
日々あれこれ一喜一憂し喜んだり悩んだりしながら生きる人間の一生は「自然現象である」というこの感覚はとても印象深い。
私たちは(少なくとも私は)、同種以外の生きものたちが送る一生を自然現象的に捉えていることが多いのではないか、と思い当たる。
しかし人間だけが特別というのもまたおかしな話で、私の存在は自然現象であると言われれば確かにそうなのかもしれない。
しかし鈴木陽子は自然現象としての自分の一生に対し、意志的に抗おうとする。
自然に物語のなかに馴染む伏線の回収がいい
鈴木陽子の一生を知る物語であると同時にミステリー作品として楽しめる作品であるのだが、これはあくまで個人的な感覚によるものだけれど、散りばめられた細かい伏線の回収のされ方がいい。
テクニカルなミステリー作品で散見される、読者を驚かせてやると言わんばかりのドヤ感満載の伏線回収は、正直嫌いだ。何というか鼻につくし、何よりも不自然に感じるからだろう。
本書でも伏線は数多く散らばっている。 金魚、金魚をくれた六本指のおじさん、バイオレットなどなど。
しかしそれらはあくまで鈴木陽子の一生を辿る物語の一部として、その時々の情景にしっかりと馴染むものであるので違和感を覚えることがなくともすればうっかりと読み過ごしてしまうほどだ。
数々の犯した罪の果てに魂の救済を得た彼女の一生に不思議と清涼感が漂う。人間が生み出したルールを逸脱し自然界の適者生存さながらに自身を救い上げることに成功した人間の物語だった。
そして、ミステリーよりもミステリー文学が読みたいと常日頃、渇望している私にとって救いとなる作品でもある。
著者について
葉真中顕(はまなか・あき)
1976年東京生まれ2009年、児童向け小説『ライバル』で角川学芸児童文学賞優秀賞受賞。2011年より「週刊少年サンデー」連載漫画『犬部! ボクらのしっぽ戦記』にてシナリオ協力。2012年『ロスト・ケア』にて第16回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、ミステリー作家としてデビュー。 — 本書より引用