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『推定無罪』 スコット・トゥロー 【読書感想】

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あらすじ

アメリカ中部の大都市、地方検事を選ぶ選挙戦のさなかに、美人検事補が自宅で全裸の絞殺死体となって発見された。変質者によるレイプか、怨みが動機か、捜査に乗りだしたサビッチ主席検事補は、実は被害者と愛人関係にあった間柄、容疑が次第に自分に向けられてくるのを知って驚く――現職検事補による世界的ベストセラー!。 — 本書より引用

読書感想

読みどころ

  • 法定を舞台に検察と弁護側が繰り広げる答弁が熱い裁判ミステリ。
  • 司法に携わる人々の人間模様とその舞台裏を現職検事が丹念に描いた読み応えある作品。
  • 冷徹に事実のみの積み重ねを要求する「法」と矛盾に満ちた「人間」の対比が浮き彫りになる。

上下巻の大半を占める法定でのやり取り

現実における事実とは異なるとの印象が強いが、刑事罰において以下のような原則がある。

「刑事裁判で、証拠に基づいて有罪を宣告されるまで、被告人は無罪と推定されるべきであるということ。疑わしきは罰せずを原則とする。」 推定無罪(スイテイムザイ)とは? 意味や使い方 - コトバンク より引用

この原則は日本でもこの物語の舞台である米国でも変わらない。

主人公の「ラスティ」は被告の有罪を勝ち取る仕事を担う検事でありながら、被告として裁判で無罪を争うことになる。

そして「推定無罪」とはやはり人類が生み出したただの理想や建前なのか、彼はすべてを失う。

この物語の大半は法定でのやり取りであり、その他はラスティの視点を通じて眺めた司法の世界の裏側である。

証言くずしの緊張感もさることながら、法律の持つ性質とは対極に位置する矛盾をはらんだ人間たちの行動が織りなすドラマ性、それこそがハイライトと言える作品だった。

ラスティの日常、唐突に訪れる日常の崩壊

ラスティは首席検事補として日々働く男だ。

ボスに認められ妻と息子との暖かな家庭のために働いている。

上巻の前半部はラスティが送る司法世界のごく日常であるが徐々にそのほころびが明らかとなる。

ラスティは同僚の女性検事への恋に狂う。

キャロリンというこの女性は美貌に恵まれて自分の武器を最大限に活かすすべを知っており出世のために男たちを翻弄するのだがラスティは見事に手玉に取られる。

ここまでなら愚かな男の話なのだが、キャロリンは何者かに殺害されてしまう。

ラスティは捜査を任され事件解明へと挑むことになるのだが、あるパーティーで同僚たちに容疑者として告発される。

緊張感に満ちた法定バトル

上巻の後半から下巻の後半までは裁判所をその舞台へと移す。

だがそれまでのくだりを読んできた私にはラスティは犯人ではないと強い印象を抱いている。

そう本作は法廷ミステリ。彼が司法の場でいかに無罪を勝ち取るかが焦点となる。

このパートは大変読み応えがある。

現職検事である著者は検察・弁護側の戦略や、証言や証拠はどのように証明され崩されるのかをその当事者の心情と併せて仔細に描き出す。

手に汗握る瞬間を幾度も体感できるその文章は実に素晴らしい。

そしてこの法廷シーンにおいては主人公が入れ替わる。

ラスティの弁護を担うのはスターン弁護士という人物。

彼の冷静で鋭い言述でもって次々に検察側の証拠を葬り去るさまは正に「スターン無双」。これがタイトルでもいいんではないかという暴れっぷりである。

近いうちに読んでみたいと思っている同著者の作品「立証責任」という作品は、このスターン弁護士の物語とのこと。

法定の外にある現実

裁判はある意外性を伴いながらも大方の期待通りであろう判決で締めくくられる。

忘れてはいけない肝心なこと。

犯人はいったい誰か。

法定ミステリだと書いたが裁判のあとにハイライトといえるくだりが続く。

ほんの一章を割いただけの夫婦のやりとりはこの上ない驚きと悲しみに満ちたものだった。

ラスティという人物の人生を描いた部分には単にミステリ作品と呼べない文学性を帯びており、またこの著者は詩的な表現を織り交ぜ読者を物語へと惹きつける。

合理的に秩序を紡ぎ上げ法を生み出した我々人間はその対極を示すかのように矛盾に満ち溢れ愚かな振る舞いを止めることができない。

痺れるミステリ劇と法とは何か人間とは何かと考えさせられる人間ドラマが見事に1つの物語として完結する作品だった。

映像作品について

あとがきで訳者が紹介していたのだが本作は映画作品となっているそうだ。

法定でのやり取りの場面は映像作品で映えるだろう。

一度見てみようと思う。

著者について

スコット・トゥロー
Scott Turow
1949年、シカゴ生れ。スタンフォード大学大学院で創作を学んだ後、同行で講師として文芸創作を教えていたが、志望を変更、26歳でハーヴァード・ロースクールに入学、法曹界を目指した。この頃の体験を日記体で綴った「ハーヴァード・ロー・スクール」(早川文庫)も好評を得たが、87年、シカゴ地区連邦検察局の現職検事補の身でありながら本書を発表、一躍”時の人”となった。第二作”The Burden of Proof”もベストセラーとなった。 — 本書より引用

訳者について

上田公子(うえだ・きみこ)
1930(昭和5)年、神戸市生まれ。熊本県立女子専門学校英文科卒業。英米文学翻訳家。主な訳書にスコット・トゥロー『立証責任』『有罪答弁』(文春文庫)、ベン・エルトン『ポップコーン』(早川書房)、パトリシア・ハイスミス『贋作』(河出文庫)ほか多数。2011年、没。 — 本書より引用

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