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『起終点駅 ターミナル』 桜木紫乃 【読書感想】

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あらすじ

鷲田完治が道東の釧路で法律事務所を開いてから三十年が経った。国選の弁護だけを引き受ける鷲田にとって、釧路地方裁判所刑事法廷、椎名敦子三十歳の覚醒剤使用事件は、九月に入って最初の仕事だった(表題作『起終点駅』)。
久保田千鶴子は札幌駅からバスで五時間揺られ、故郷の手塩に辿り着いた。弟の正治はかつてこの町で強盗殺人を犯し、拘留二日目に自殺した。正治の死後、町を出ていくよう千鶴子を説得したのは、母の友人である星野たみ子だった(「潮風の家」)。北海道各地を舞台に、現代人の孤独とその先にある光を描いた短編集を、映画化と同時に文庫化! — 本書より引用

読書感想

読みどころ

  • 北海道各地を舞台とした6編の短編集。タイトル作は映画化されている(2015年)。
  • 根無し草のように生きる人々の物語であるが孤独感や悲壮感よりもわずかである人とのつながりが眩しく輝く作品。
  • 『ラブレス』『ホテルローヤル』という素晴らしき作品を超える濃密な人間ドラマを楽しむことができる。

これまで読んできた作品を超える良さが光る6編

『ラブレス』という作品を最初に読んでから桜木紫乃作品は本作で4作目となる。

『ラブレス』 桜木紫乃 【読書感想・あらすじ】

あらすじ 謎の位牌を握りしめて、百合江は死の床についていた――。彼女の生涯はまさに波乱万丈だった。道東の開拓村で極貧の家に育ち、中学卒業と同時に奉公に出されるが、やがては旅芸人一座に飛び込んだ。一方、妹の里実は地元に残り、理容師の道を歩み始める……。流転する百合江と堅実な妹の60年に及ぶ絆を軸にして

『誰もいない夜に咲く』 桜木紫乃 【読書感想・あらすじ】

誰もいない夜に咲く 桜木紫乃 (角川文庫) あらすじと感想 親から継いだ牧場で黙々と牛の世話をする秀一は、三十歳になるまで女を抱いたことがない。そんな彼が、嫁来い運動で中国から迎え入れた花海とかよわす、言葉にならない想いとは――。(「波に咲く」)寄せては返す波のような欲望にいっとき身を任せ、

『ホテルローヤル』 桜木紫乃 【読書感想・あらすじ】

あらすじ 北国の湿原を背にするラブホテル。生活に定年や倦怠を感じる男と女は”非日常”を求めてその扉を開く――。恋人から投稿ヌード写真の撮影に誘われた女性事務員。貧乏寺の維持のために檀家たちと肌を重ねる住職の妻。アダルト玩具会社の社員とホテル経営者の娘。ささやかな昂揚の後、彼らは安らぎと寂しさを手に

出版年で見ると本作は『ホテルローヤル』『誰もいない夜に咲く』の前となる作品だが、その物語としての完成度はもっとも高い印象を受けた。

著者の作品は総じてページを多く消費するものではなく、比較的短い物語の中で話の核となる部分を濃密に描き出す作品が多い。

余計なものを削ぎ落して作り上げられた作品といった印象である。

本作ではその部分がとりわけ研ぎ澄まされているように感じ、深く心の奥へと突き刺さった。

6編の目次は以下のとおりである。

かたちのないもの
海鳥の行方
起終点駅(ターミナル)
スクラップ・ロード
たたかいにやぶれて咲けよ
潮風(かぜ)の家 — 本書より引用

とりわけ本作の各編には根無し草のような血縁といった意味合いにおける孤独な人々が多く登場する。
といっても孤独な人生を描くのではなく、これまで読んだ作品と同じように人と人との関係性が印象深い作品となっている。

帯の折り返しに著者の言葉として以下の言葉が載っているのだが、孤独感が強い人生を強いられてきた人ほど数少ない縁を深く大切にするのかもしれないと考えさせられる。

「始まりも終わりも、ひとは一人。だから二人がいとおしい」
――桜木紫乃 — 本書より引用

孤独なひとたちが紡ぐつながりに魅了される

そのもっともたるのが「たたかいにやぶれて咲けよ」という物語。

この話の始まりはサプライズであった。

「山岸里和」(やまぎしさとわ)が再び登場したからだ。 彼女は二篇目の「海鳥の行方」に登場した人物で若い新米記者である。

短編集だと思い読み進めていたら、彼女が再び登場したのである。「海鳥の行方」ではろくでもない上司やまだ経験浅い自分自身に四苦八苦しながらもひとり強気で前に進む彼女の姿があった。

ここでも彼女の人生を左右する出来事が物語となっているのだが、「たたかいにやぶれて咲けよ」ではさらに彼女の心に深く刻まれるであろう出会いが描かれる。

おかしな表現になるがそこには「まるで小説のようなはなしが描かれている」のだ。

小説なのだから当然なのだが、そう錯覚させるリアルな小説を描いた素晴らしさがある。 里和はかつて歌人として名を馳せた「中田ミツ」という女性が、いまでは養護老人ホームで余生を送っていることを記事にしようと挑むのだが、取材で中田ミツに翻弄され、記事にできなかった。

だがミツは奇妙な言葉を里和に残している。

「死んだあとならかまわない。記事にするなら、わたしが死んでからになさい。明日かもしれないし、一年後かもしれないけど、今日の取材が生きるのは、おそらくわたしが死んでからのことよ」 — 本書より引用

これは事実上、里和にとっては遺言となりそして予言にもなるのであった。

この話のタイトルは

『たたかいにやぶれて咲けよひまわりの種をやどしてをんなを歩く』

という中田ミツの作品の一部である。

この句はこの物語の核心であり中田ミツの過去を知る鍵でもある。

そしてこの歌人への興味が膨れ上がるキッカケでもあった。

里和は死んだミツの魂に操られるように彼女の人生をたどる。

そしてまるで小説のような中田ミツの人生を知る。

この一連の導きと、里和がミツというひとりの人間のその姿を真に捉えるその状況、描写がたまらない。

その内容もしかり。

「感情のるつぼ」とはこのことかと振り返る。

もう感動なのか悲しみなのか、圧倒されたからなのか、感情を整理できぬままただただ涙を流すしかないことがあるのだと今になって驚いていたりする。

とにかく良かったので詳細には触れずにおくが、「中田ミツ」という人物はとても魅力的で彼女を知りたいと強く思ってしまった。

願わくは著者が彼女を主人公とした作品を執筆してはくれぬだろうかと、このウェブ界の片隅でわりと本気で願っている次第。

桜木紫乃作品について

これまで4作品を読み終えこれまで感じてきた著者によるすべての人々に対するその温かな視点や研ぎ澄ましていくように少ないページ数で濃密な物語を紡ぐその姿勢などは、個々の作品固有ではなく、小説家としての一貫したものであると改めて感じさせられた。

また描かれる時代はとくに明記されていない。だが携帯電話の登場など、おそらく平成の世であることは明らかなのだ。にもかかわらず私にとってなじみ深い昭和な香りが漂う情景はなぜだろうと毎度思っていたの。それは、北海道という地がまだまだそういう空気を残しているということなのかもしれない。

まだまだ未読の作品があるのでこれからも読み続けていきたい。

映像化作品について

2015年にタイトル作が佐藤浩市・本田翼主演、篠原哲雄監督で映画化されている。

短編集といえども一編一本の映画作品を作るに十分な物語があるのでぜひ一度見てみたい。

著者について

桜木紫乃(さくらぎ・しの)
一九六五年北海道生まれ。二〇〇二年「雪虫」で第八二回オール読物新人賞を受賞。十三年『ホテルローヤル』で第一四九回直木賞受賞。他の著書に『氷平線』『凍原』『蛇行する月』『星々たち』『ブルース』など。 — 本書より引用

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