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『すじぼり』 福澤徹三 【読書感想】

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あらすじ

ひょんなことからヤクザの組事務所に出入りすることとなった大学生の亮。そこは個性豊かな面々がとぐろをまく強烈な世界だった。就職先もなく、将来が見えないことに苛立ちを感じていた亮は、アウトローの男たちに少しずつ心ひかれていく。しかし、時代に取り残された昔ながらの組には、最大の危機が訪れようとしていた。人生をドロップアウトしかけた青年の一夏の熱くたぎる成長ドラマを描いた第10回大藪春彦賞受賞作。 — 本書より引用

読書感想

読みどころ

  • 任侠、ホラー作品などで活躍する著者のデビュー作。大藪春彦賞受賞作品。
  • 自身の故郷「北九州」を舞台に極道の男たちに巻き込まれながら成長していく少年の青春活劇。
  • 本作単体ではやや物足りなさもあるが、後の作品につながる原点として読むと興味深い。

青春時代の終わりに向かって駆け抜けるストーリー

主人公は「滝川亮」。 大学生活も終わりが近いが就職先は決まらない。恋をし将来への不安を抱くも何もできやしない。

退屈や不満が常に横たわる日々のウサを晴らそうとしょうもないことに手を出す。 まさに「ザ・青春」といえるシチュエーション。

ひとつ特徴をあげるならばその土地柄か。身近に堅気ではない者たちがいることだろう。 絵に書いたような青春の日々に「極道」というスパイスを加えたスリリングな青春物語である。

ヤクザが身近な町

亮は友達と町のクラブが裏で販売する大麻を盗み出す。

店のバックにはその筋の組がついており大事となる。

クラブの連中に追われ亮が駆け込んだ店で偶然出会った速水という男に助けられる。

だが彼はまた別の組を率いる極道だった。

これを機に亮は速水率いる速水総業でアルバイトをするようになる。

若いうちはろくでもないことをしでかす。ただそれが町によっては出てくるのが虎だったりする場合もあるのかもしれない。

しかし亮にとっては退屈だった日常を抜け出すキッカケであると同時に、若くして他では得られない多くを経験する道へ進むことになる。

「善」と「悪」について

速水総業は昔気質の組であり、そこでは多くの示唆に富むシーンがとくに前半に多く描かれる。

これは先日読んだ「Iターン」という作品に共通するもので、もしかしたらこの辺りから語られることは著者の常日頃からの思いなのかもしれない。

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速水の組は亮が盗みをしたクラブのケツ持ちのである側の金光という男を殺す。
死体をダムに沈めるが水不足で金光の死体があがり、やがて刑事が速水総業へとやってきた。

そこで速水と若い刑事による問答のような対話が交わされる。

その対話から「善悪とはなんだろう」と亮は考えることになる。

以前「異常とは何か」という本を読んだ。

有史以降の人類の記録を振り返り観測してみると、異常や異端とされる対象は、現在にかけていかに変化してきたかを知ることができる本だ。

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善悪も同様に変化しうる、人間たちによる価値観に依存している。

もし時代に左右されず言い得る真理があるとすれば、そのラベルが変わろうとも、その対象となるその実態そのものは、いつの時代も存在しているということではなかろうか。

人間という種のDNAに刻まれている以上消し去ることはできないそれらに対し、ただ「NO」と否定するだけでは目を背けることに他ならない。

著者は極道をモチーフとし、善悪の意味をより深く考えてみることを読み手に促しているのかもしれないと感じるくだりだ。

「罪」とは何か

この他にも、「犯罪」についてひとつの見解が示される。

目黒という速水の舎弟のひとりが亮に公的助成金を利用したシノギを披露する。

亮は「犯罪じゃないですか」と意気込むが、目黒は「犯罪は裁判で有罪が確定したもの」「ばれんかったら犯罪やない」、犯罪の定義とはそういうもんと話す。

実際に権力や財力がある者たちはここを利用しているわけで、ヤクザとやっていることに違いはないのかもしれない。

その行為自体は褒められたものでないがそれが現実だ。

目黒はこの会話を最後にこう締めくくる。

「無知だということは、それだけで損をする。それが大人の社会だ」

良い悪いを言うのは自由だが実際にそうだという側面は事実としてあるだろう。

亮は少しずつ成長していく。

「俠道」とは

金光の件がこじれ、ある時亮は速水総業のさらに上部組織の組長である大内という老人と対面する。

金光が殺られるのを見たか、と問うたあと、老人は「日本武術神妙記」という昔の武芸者の記録を集めた本の一節を語る。

その昔、非常に短い脇差しをさした侍がおり、十二、三になる武士の子どもがそれを指して、耳かきのようだとからかう。

あるとき侍はその子どもを膝の上に乗せ、「耳かきのような脇差しがお前の腹に通るか見ろ」と腹に刃を突き立て軽く脅す。

その子は少しも驚かず、「腹に通り申さぬ」と言いつつ自分の長い脇差しを抜き、自分の腹ごと後ろの侍を刺し貫いた。

「馬鹿馬鹿しい、なんの意味もない死に方や。しかしーー」

「それが侍の、ひいては侠道のありかたやと思う」

と老人は締めくくる。

この国にかつて、たしかに存在したであろうこの種の死生観にはじめて興味を抱くこととなった。

「すじぼり」のこと

物語半ばに本作のハイライトがある。 本作のタイトルは「すじぼり」。 色や模様を入れる前の線だけの刺青のこと。

亮と仲良くなった速水の舎弟の松原は、速水が襲撃を受けたとき、その身を投げ出し速水を守ったが彼自身命を落としてしまう。

亮と年が近く一度は亮の命を救ってくれた若き極道の死は、彼の心に拭えない深いキズを残す。

彼は考える。

平凡と思っていた自分に激しい復讐心があることに気づく。

そして松原の死は自分にも責任があることを亮を深く悩ませる。

一歩前に踏み出すためのキッカケとして彼は刺青を入れようと思い立つ。

若気の至り、浅はか、一生の後悔など、少なくともこの国の社会においてはネガティブな意見が多くある行為だろう。

10年以上前、私がある彫師に聞かされた話。

アルタイの人々の祖先は、文明が進化するにつれ、本来自然界の一員であった自分たちが、その記憶が薄れていくことに危機感をいだく。

人間は忘れる生き物だ。

ときにとても大切なことであっても。

彼らは忘れてはならないこととして自然界の生物をその身体に「刺青」として刻み込むようになったという。

この話しは私の心身に刻まれることとなった。

先にも書いたが人間は忘れやすい。

痛みが伴うことで記憶に深く刻み込まれるということは実際にあるだろう。

それを人為的に行うことも一理あると言えないだろうか。

仮に衝動であろうとも、亮のその行為は、若くして体験した身近な死を、生きている限り忘れることなく考え続けるキッカケを与えてくれるモノになるのではないか。

一生の後悔になるかどうかは墨を入れたそのことではなく、その後の生き方次第だと思う。

後半は極道路線まっしぐら

さまざまな教訓に思い悩む少年の物語は、後半薄らいでいく。

組同士の抗争が激しくなりひたすらドンパチが続く。

個人的には若干物足りなくなってしまったのはこの辺りにあるが、本作の背景は先に述べた「Iターン」と通じるものがありその原点として興味深く読むことができた。

著者について

福澤徹三(ふくざわ・てつぞう)
1962年福岡県生まれ。デザイナー、コピーライター、専門学校講師を経て作家活動に入る。著書に第10回大藪春彦賞を受賞した本作の他、『怪談熱』(角川書店)、『アンデッド』『アンデッド憑霊教室』『オトシモノ』(角川ホラー文庫)、『怖い話』(幻冬舎)、『夏の改札口』(徳間書店)、『黒本一平平成怪談実録』(新潮文庫)、『廃屋の幽霊』(双葉文庫)、『死小説』(幻冬舎文庫)、『いわくつき日本怪奇物件』(ハルキ・ホラー文庫)など多数。 — 本書より引用

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