『敬語で旅する四人の男』 麻宮ゆり子 【読書感想】
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あらすじ
真面目さゆえに他人に振り回されがちな真島。バツイチの冴えない研究者、繁田。彼女のキツイ束縛に悩む、愛想のよさが取り柄の仲杉。少し変わり者の超絶イケメン、斉木。友人でなく、仲良しでもないのに、なぜか一緒に旅に出る四人。その先で待つ、それぞれの再会、別れ、奇跡。他人の事情に踏み込みすぎない男たちの、つかず離れずな距離感が心地好い連作短編集! — 本書より引用
読書感想
読みどころ
- 4人のアラサー男性それぞれの人生を4編の短編で綴った連作短篇集。爽やかな口当たりで読みやすい文章が特徴。
- 境遇や個性が異なる4人の人生の多様な人間模様に引き込まれる物語は現代の縮図を表すかのようだ。
- プライベートの時間を敬語でやりとりする可笑しさと、重々しい出来事や根深い悩みなどが同じ温度感で描かれており、何者も排除しない広い海のような包容力を感じさせる作品。
物語の概要
四者四様、異なる人生を送る4人のアラサー男性がひょんなことから一緒に旅をすることになる。彼らは互いに敬語で会話を交わし、この作品の何とも抜けた心地よい雰囲気を作り出している。微妙に噛み合わない敬語の会話のやりとりには独特な可笑しさがあり、読んでいて思わずニヤニヤしてしまう。
本作は4つの短編で構成されており、各話が4人それぞれの人生を描いた内容となっている。彼らはいずれも深い問題を抱えている。そして旅の場面が訪れ、その問題と向き合っていく。
旅ではないが、仲間と共に非日常を過ごし内なる問題が氷解していく物語として『夜のピクニックという(恩田陸)』という作品を思い出した。一連の行動のあとに世界が違って見えてくるあの感じはなぜにこうも感動的なのか。本作にも同様の爽やかな風を感じた。
登場人物紹介
各話の主人公であり珍妙な仲間関係でもある彼ら4人の人物紹介を兼ね、それぞれの物語に関する感想をまとめてみたい。
真島(29)
東京の会社で働くサラリーマン。中高時代は斎木の後輩、職場では斎木の先輩という立場。母親の影響で絵を描くようになる。
4人のなかでは安定感がある人物だが、オープニングを飾る彼の物語は簡単には語れない複雑さがある。大学卒業と同時に家を出た母が実は同性愛者であり、佐渡ヶ島で暮らす彼女と11年ぶりの再会を果たすのが最初の旅のテーマである。
真島の偏見のないフラットな目線で物事を見つめるその姿からは、母親との複雑な関係よりも美術など彼女が彼に与えた良い影響の方が際立って感じられる。彼は物語のバランサーの役割を果たしている。
繁田(34)
万年ポスドク、別れた妻と息子有り。1話目の冒頭で「頭の中はいつも猫とスクール水着のことばかり」であることを堂々と打ち明ける。
4人のなかで一番しっかりとした社会的野心を持っている人物だが、私生活における大きな悩みを抱えている。京都の旧家の娘と結婚し息子を授かったがすぐに離婚。息子を思う気持ちが大きいが、元妻側の一族との確執に苦しめられる男である。
繁田の物語は、仲間の助けを借りながら息子や相手一族と向き合うこと。であるが、オチがつくなどズッコケ役を負わされている面は否めない。仲間の最年長であり人生経験豊富だが、暗さを感じさせない好人物。
中杉(28)
みんなの尻拭いが主たる仕事、住宅設備メーカーの営業として駆けずり回る。一日に何通もメールを送り粘着する彼女と仕事に追われる彼は、1〜2話目で微笑ましい若者として印象付けられていた。
しかし彼の物語は、学生時代に自殺してしまった友人への追悼という意外にもヘビーなものだった。そして傍目には笑い話かと思われた彼女と仕事に追われている状況もかなり深刻なものだった。
誰がなにを抱えているかなんてそう簡単にわかるものではないと改めて教えてくれる中杉。彼の物語には他にも重たい話がサラリとぶっ込んであり、目が離せない。
斎木(30)
「人の心や気持ちをはかるのが苦手(医者からそういう診断を受けているらしい)」と紹介される斎木。真島と同じ会社で特別枠として働く彼は、多くの強いこだわりに縛られる一方で、多くの能力を持ち合わせている。そして超美男子。
彼は本作品における真の主人公と言ってよいのではないか。なかなか理解されにくい問題を引き起こしながらも、彼は他3人の物語において重要な役割を果たしている。
4話目は満を持しての斎木の物語である。そして恋愛物語。
作品を通じなにかしらの病名を斎木に負わせる表現は登場しない。が、彼はやはりその日常生活において多くの困難を負っているのは明らかである。そんな彼がぎこちないながらもひとりの女性との距離を縮め気持ちを通い合わせる様子は、読んでいて微笑ましく思わず応援したくなる。また彼女のキャラクターも素敵だ。
まとめ
周囲の関係者含め4人の登場人物には多種多様な設定が施されており、描かれる出来事も同様だ。爽やかな文体で綴られ、滑稽な会話のやりとりが展開される作品であるが、ごく自然にさまざまな問題が織り込まれており、社会の縮図のように感じられる一面もある。並べてみると、離婚、メンヘラ、自殺、同性愛、自閉症、発達障害、躁鬱、セクハラなどなど。
あえて「問題」と記したが、本作品において、これらは問題としては描かれていない。それぞれの人生に、ごく自然に存在するものとして登場する。重いものも何気ないものも同じ土壌で表現されている興味深さがある。
現代社会において差別や排除の対象となるような出来事も、この作品ではすべてが調和している。4人の敬語による絶妙な距離感もひと役買っている。
著者について
麻宮ゆり子 まみや・ゆりこ
1976年埼玉県生まれ。静岡県在住。大学非常勤講師。2003年小林ゆり名義にて第19回太宰治賞受賞。’13年「敬語で旅する四人の男」で第7回小説宝石新人賞を受賞しデビュー。’14年同作を収めた本書(四六版)を刊行。その他の著書に『仏像ぐるりの人々』がある。 — 本書より引用