『去年の冬、きみと別れ』 中村文則 【読書感想】
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あらすじ
ライターの「僕」は、ある猟奇殺人事件の被告の面会に行く。彼は二人の女性を殺した罪で死刑判決を受けていた。だが、動機は不可解。事件の関係者も全員どこか歪んでいる。この異様さは何なのか? それは本当に殺人だったのか?「僕」が真相に辿り着けないのは必然だった。なぜなら、この事件は実は――。話題騒然のベストセラー、遂に文庫化! — 本書より引用
読書感想
読みどころ
- 幾重にも仕掛けられた謎が徐々に解き明かされていく過程を楽しむタイプのミステリ作品。
- 作品そのものにも仕掛けが施されている。
- 映像化された同タイトル作の原作。(2018年公開)
登場人物
- 僕…ライター。編集者の小林から木原坂雄大の事件について執筆を依頼される。
- 木原坂雄大…二人の女性を焼死させた罪で死刑囚となった写真家。
- 木原坂朱里…木原坂雄大の姉。
- 弁護士…木原坂朱里の交際相手だったが、彼女に捨てられ復習を企てる。
- 小林…編集者。吉本亜希子の元彼。「僕」に木原坂雄大の事件について執筆を依頼する。
- 吉本亜希子…小林の元彼女。目に障害がある。木原坂雄大の写真モデルとなり、その後、殺害される。
- 小林百合子…旧姓は栗原。借金があり風俗で働いていたが、「弁護士」から新しい身分と引き換えに復讐計画の手伝いを持ちかけられる。
- 鈴木…人形師。応仁の乱の時代に生きたカラクリ人形師の話を木原坂に話したことがある。
- 斉藤…K2メンバー。生きている人間の人形を作ったことで起きた出来事を木原坂に話したことがある。取材対象のひとり。
- 加谷…木原坂雄大の同級生。大学院で数学研究の後に中規模の自動車部品メーカーで働く。
- 雪絵…「僕」の彼女。
- K2…人形師の鈴木に人形制作を依頼したメンバーたちのグループ。
幾重にも仕掛けを施したミステリ作品
二人の女性を焼死させた罪で死刑となった男「木原坂雄大」と対峙する、一人称「僕」の語りから物語は始まる。この独特な雰囲気はこれまでの著書に見られる文学作品を予感させるのだが、本書は幾重にも仕掛けを施したミステリ作品としての色合いが強い。9章あたりからはほぼ謎の解説である。映像化もされるということで期待して読み始めたのだが…。
感想というよりは情報の整理
そんな具合なのでとくに感想というものは思い浮かんで来ず、ということでネタバレになるがどういう仕掛けだったのか自分なりに整理した内容を記す。
- 木原坂朱里に捨てられた「弁護士」と、彼女だった吉本亜希子を木原坂姉弟に殺された編集者「小林」が手を組み復習を遂げる話。
- 語られる背景の分量や濃度からして主人公は「僕」ではなく「小林」という印象が強い。
- 木原坂雄大の中には何もなく人に影響されやすい。人形師の鈴木とK2メンバーの斉藤が彼に話した内容が事件を起こす要因となった可能性がある。
- 借金に苦しんでいた栗原百合子は新しい身分と引き換えに小林たちの復習に手を貸し、アリバイ作りのため小林と籍を入れ「小林百合子」となる。
- ライターの「僕」が木原坂朱里だと思っていた相手は小林百合子。
- まず木原坂雄大に2度目の焼死事件を起こさせ死刑相当の罪を負わせる。
- 続いて焼死させる相手となる小林百合子を木原坂朱里と入れ替え、雄大に朱里を知らずして殺害させる。吉本亜希子が殺害された方法を朱里にやり返した。
- 一連の真相を本として出版し、死刑が確定した雄大に読ませる。吉本亜希子が好きだったという小林がつくる本という形で復習は完結する。
- 作品冒頭の献辞「M・M」は木原坂雄大、「J・I」は吉本亜希子のそれぞれ本名のイニシャルであり、本書そのものが「復習のために小林が出版したもの」というトリック・ミステリということか。
木原坂姉弟の暗部や、人形師の元に集まった者たちの薄暗い闇の部分などには、著者が得意とする文学作品として昇華できる要素がたっぷり詰まっているように思うのだが、この物語においては伏線の穴を塞ぐためのアリバイ程度にしか感じられなかった。
一人称「僕」の語りによる著者の作品は大好きなのだが、ミステリの要素が大きくなればなるほど「僕」の存在が埋没し、作品としての魅力も失われているように感じるのは私だけだろうか。凡庸なミステリ作品を読んだときと同じ後味だった。
著者について
中村文則 Nakamura Fuminori
一九七七年愛知県生まれ。福島大学卒。二〇〇二年『銃』で新潮新人賞を受賞しデビュー。〇四年『遮光』で野間文芸新人賞、〇五年『土の中の子供』で芥川賞、一〇年『掏摸』で大江健三郎賞を受賞。作品は各国で翻訳され、一四年に日本人で初めて米文学賞デイビッド・グディス賞を受賞。他の著作に『何もかも憂鬱な夜に』『教団X』『あなたが消えた夜に』など。
公式HP https://www.nakamurafuminori.jp/ — 本書より引用