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『立証責任』 スコット・トゥロー 【読書感想】

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あらすじ

三月も終わりに近いある日、出張先のシカゴから帰宅したスターン弁護士は、妻の自殺を発見する。どうして? 突然のことに驚きを隠しきれないスターン。妻宛の病院からの請求書も気になる。一方、依頼人である義弟には大陪審から召喚状が届く。真実を探り当てるべく、見慣れた顔に隠された欺瞞をはがす執念の日々が始まった! — 本書より引用

読書感想

読みどころ

  • 法の世界で弁護士として忠実に仕事をこなしてきた中年男が、妻の自殺という不幸に直面し、自身の人生と残された家族、隣人たちとの関係性を再構築するヒューマンドラマ。
  • 前作『推定無罪』で活躍した弁護士、「アレハンドロ・スターン」が主役のスピンオフ作品。
  • 事実の表面的な部分に真実がすべてあらわれているとは限らない。それは事件であっても、人生であっても同じであることを強く実感できる物語。

著者デビュー作に続く作品

著者のスコット・トゥローは元々アメリカの検事補でありながら、『推定無罪』という作品で作家デビューした経歴を持つ。

『推定無罪』 スコット・トゥロー 【読書感想・あらすじ】

推定無罪 上下巻 S・トゥロー (文春文庫) あらすじと感想 アメリカ中部の大都市、地方検事を選ぶ選挙戦のさなかに、美人検事補が自宅で全裸の絞殺死体となって発見された。変質者によるレイプか、怨みが動機か、捜査に乗りだしたサビッチ主席検事補は、実は被害者と愛人関係にあった間柄、容疑が次第に自分に

地方検事の女性が殺害された事件にまつわる法廷ミステリで、大変読み応えのある作品だった。この作品に登場し主人公を弁護した人物「アレハンドロ・スターン」が、本作品『立証責任』における主役である。

前作では法理マシーンのごとく法廷を掌握し、鮮やかな判決を引き出して見せたスターンだったが、本作では打って変わり、深い苦悩を抱えたひとりの人間として登場する。

このスターンという人物の背景として、アルゼンチンからの移民であり、またユダヤ人であることは、彼のアメリカにおける立ち位置や周囲との関係性を浮き上がらせる重要なファクターのひとつとなっている。

妻の自殺、浮き彫りとなる家族の関係性

スターンには妻と3人の子どもがいる。仕事人間のスターンと家族との関係はいささか疎遠がちであったという事実が、ある日突然訪れた妻クララの自殺により表面化する。

そして不幸は続くものである。時を同じくして、最愛の妹の夫(つまり義弟)、ディクソンが経営する先物取引会社に不正取引の疑いがかけられるのだ。

人がひとり亡くなるということは、少なからず周囲の人間に大きな変化をおよぼす。見えていたものが幻だと悟り、見えていなかったことが浮き彫りとなる。

クララに性感染症の通院歴が発覚し、男の影が浮かび上がる。また、クララが自殺の前に85万ドルもの大金を引き出しており、指定された受取人が見知らぬ男であったこともわかった。

またすでに自立している3人の子どもたちとの関係性も、妻の存在がなくなることで新たな構築が必要となる。人間関係とは常にバランスによって成り立つものであり、一度その均衡が崩れると否応なしに再構築に迫られる。

クララはひと言「わたしを許してくださる?」と書き残していた。良家の出でありながら移民であるスターンと歩む人生を選択した妻の真の姿とは、果たしてこの言葉の意味とは。家族を巻き込む義弟による経済事件はどう決着するのか。このあたりが大きな見どころとなる。

独身になった途端にモテだす不思議

クララの死はスターンに深い悲しみをもたらす。仕事人間であった男がオフィスから遠ざかるようになり、突如として悲しみに襲われ涙が止まらなくなる。

そして周囲からは日々慰めの言葉をかけられるようになり、その中にはかなり濃厚な親密さを帯びたものもある。とくに異性からは。

人間の性とは正直なものである。悲劇のすぐそばにありながらも互いが異性であり独身であるという事実に直面すると、なかなkその意識から逃れることが難しくなる。

誠実に、冷徹に、法と向き合い仕事をこなしてきた男性がまさか人生の晩年期に独身となる。次々に訪れる春に見舞われる。最後の恋愛から数十年経っており、時代の変化によって恋愛のかたちもより自由となっている。女性たちの積極的な姿に当惑し慌てふためくその様子は、申しわけないけれどオモシロすぎる。

残された家族、そして隣人たちとの関係

長男のピーターは医師、長女マルタは弁護士、次女のケイトはディクソンの会社で働くジョンの妻である。彼らが幼かったころには、それなりに親密に過ごした時間もあったが、それぞれが自立したいま、スターンには彼らの気持ちがだいぶ見えなくなっている事実に直面する。

また妻の生前、近くにいながら遠い関係と認識していた隣人たちであったが、思いのほか彼らはスターン一家と深いかかわりがあることに気づかされる。

いずれも妻の存在によりスターンは気づかぬふりをしてこれた事実が表面化したものと言えよう。そして覚悟を決めてすべてと向き合うことにより、真実が見えてくる。

クソッタレの義弟「ディクソン」

スターンにとって妹のシルヴィアは、誰よりも大切な肉親である。そのシルヴィアの夫ディクソンは大金を稼ぎ、贅沢を好み、欲望に対し実に忠実な「ザ・アメリカ人」とも言える男でスターンは大いに嫌っている。

だが彼の会社の弁護士を引き受けていることもあり、二人は太い腐れ縁でつながれている。 この「クソッタレ」な人物ディクソンにも大きな秘密が存在する。

秘密があり、真実が明るみになったとき、それは悪い話ばかりではないということが、このディクソンからもたらされるとは驚きだった。

スターンがたどり着く相手は?

スターンがクロンスキー検事補とイチゴ狩りをする場面があり、この場面は私にとって一番のお気に入りとなった。法定では互いの弁をぶつけ合う対立する関係にあるのだが、この場面ではひとりの人間同士として、それぞれに背負う人生の重たさを隠すことなく、ただたたくつろいだ空気が漂っている。飾り立てる必要もなく適度な距離感もある。二人の間には親愛と尊重があり、とても美しい関係性の描写だ。

物語の冒頭、スターンが新しい伴侶を迎えたことが語られている。はたしてその相手は誰なのかを思い巡らせながら読むのも楽しい。人生は思いがけない展開の連続なのだ。

著者について

スコット・トゥロー Scott Turow
1949年、シカゴ生れ。スタンフォード大学大学院で創作を学んだ後、同校で講師として文芸創作を教えていたが、志望を変更、26歳でハーヴァード・ロースクールに入学、法曹界を目指した。87年、シカゴ地区連邦検察局の現職検事補の身でありながら「推定無罪」を発表、一躍”時の人”となる。最新作「有罪答弁」に続き、第四作も完成間近だ。(訳書はいずれも文藝春秋) — 本書より引用

訳者について

上田公子 うえだ・きみこ
昭和5(1930)年神戸市生れ。熊本県立女専英文科卒業。トニー・ケンリック「リリアンと悪党ども」、デイヴィッド・アンソニー「真夜中の女」(以上角川文庫)、スコット・トゥロー「推定無罪」「有罪答弁」、ネルソン・デミル「将軍の娘」(以上文藝春秋)などの訳書がある。 — 本書より引用

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