『ユービック』 フィリップ・K・ディック 【読書感想】
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あらすじ
1992年、予知能力者狩りをおこなうべく、ジョー・チップら半予知能力者が月面に結集した。だが予知能力者側の爆弾で、メンバーの半数が失われる。これを契機に、恐るべき時間退行現象が地球にもたらされた。あらゆるものが退化していく世界で、それを矯正する特効薬は唯一ユービックのみ。その存在をチップに教えたのは、死の瞬間を引き延ばされている半死者エラだった……鬼才ディックがサスペンスフルに描いた傑作長篇 — 本書より引用
読書感想
以前読んだ『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』に続き、2つ目の「フィリップ・K・ディック」作品。
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』 フィリップ・K・ディック ~映画ブレードランナーの原作~ 【読書感想・あらすじ】
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』のあらすじ:第3次世界大戦(最終戦争と呼ばれている) が終わった後、地球は放射能灰に汚染され死の星となり、人間の多くは植民惑星へと移住した。生物は希少で価値が高く、主人公リック・デッカードが持てるのはせいぜい人工的な電気羊ぐらいだ。人間の移住を助けるため、火星に送
設定を理解し入り込むのに少々難があったが、扉を開いたその瞬間からフィリップ・K・ディックの世界が広がっていた。
そこは少し先の未来であり、テクノロジーの進化と退廃が渾然一体となったいわゆる「サイバーパンク」とも呼ばれるあの世界観だ。
デジタル大辞泉 - サイバーパンクの用語解説 - 《cybernetics(サイバネティックス)+punk(過激なロック音楽)から》コンピューターネットワークによって管理された、暴力的で退廃した未来社会を描くSF小説の潮流。1980年代にブームとなった。代表的な作家は米国のウィリアム=ギブスンや...
本作品は1969年に出版された「フィリップ・K・ディック」によるSF小説である。
舞台は出版当時からすると近未来であった1992年の米国、超能力と進化した科学技術が共に存在する世界であり、それらは対立している。
超能力による犯罪から市民を守る警備会社の経営者「グレン・ランシター」、従業員であり技術者の「ジョー・チップ」、そしてランシターの妻「エラ」が主要人物。
彼らは「不活性者」と呼ばれる超能力者の能力に対抗する力を持つ者たちを率い、超能力サイドと対峙する。
ちなみに超能力サイドのボスは「レイ・ホリス」という人物で、彼はランシターたちを月におびき寄せ爆弾による殺害を試みる。
そしてこの事件を起点に、身の回りのモノ、モノだけでなく人までもが1940年に向かって退行するという奇妙な現象が発生する。
生き残りをかけてジョーとランシターは果たしてこの奇怪な現象を解決できるのか、そして「Ubik(ユービック)」とは何なのか、この辺りが読みどころであろうか。
みなさん、在庫一掃セールの時期となりました。当社では、無音、電動のユービック全車を、こんなに大幅値引きです。そうです、定価表はこの際うっちゃることにしました。そして――忘れないでください。当展示場にあるユービックはすべて、取り扱い上の注意を守って使用された車ばかりです。 — 本書より引用
各章はすべてこのような広告から始まる。
上記は第1章のユービック広告を引用したもので、「ユービックとは車なのか?」と思いきや第2章の広告ではユービックとはインスタントコーヒーであり、その後もユービックはさまざまな種類の商品として登場する。
そして広告の最後は必ず取り扱いの注意で締めくくられている。
ユービックとは何であるか?
先に本作品の見どころとして挙げた、「過去への退行」を阻止することができるか?、これに対抗するための鍵が「ユービック」なのである。
そして、本作品には複数層の現実世界が設定としてしつらえてある。
複数層の現実とはおかしな言葉だが、いわゆる存在する者としての「生者」のほかに「半生者」が存在する。
「半生者」の世界は肉体を離れた意識のみによる世界であり、「生者」と「半生者」は装置によってコミュニケーションが可能である。
この設定と著者の描写の妙により、読んでいる側は目の前にある世界が何であるか、どこであるのかが安定せず非常に翻弄される。
本作の肝である「Ubik(ユービック)」という言葉は現実に存在しないとのこと。
近いものが「ubique」というラテン語で、その意味は「あらゆる場所」である。
各章のはじまりは、ユービックが「あらゆるモノ」の代替存在として紹介される広告が登場すると前述した。
「ユービック」に近い語として「あらゆる場所」を意味する言葉が存在する。
そして、万物が退行してしまう現象を解決する鍵として「ユービック」が用いられる。
こうやって眺めてみると「ユービック」とは「神」、あるいは「宇宙の真理」のような概念を指すものに感じる。
思考があちこちへと駆け巡る稀有な読書体験であった。
種明かしというか解説的なものを読んでみたい気もするが、もう少し自由に思考を巡らせてみようと思う。
著者・訳者について
フィリップ・K・ディック
アメリカの作家。1928年生まれ。1952年に短編作家として出発し、その後長編を矢つぎばやに発表、「現代で最も重要なSF作家の一人」と呼ばれるまでになる。ゆるぎない日常社会への不信、崩壊してゆく現実感覚を一貫して描き続けた。代表作に『ユービック』『火星のタイム・スリップ』『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』『スキャナー・ダークリー』『ヴァリス』など。1982年歿。 — 東京創元社HP より引用
浅倉久志
1930年生、2010年没、1950年大阪外語大学卒、英米文学翻訳家 訳書『タイタンの妖女』ヴォネガット、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』ディック、『輝くもの天より墜ち』ティプトリー・ジュニア(以上早川書房刊)他多数 — 本書より引用